ペンギン日記(旧akoblog)

identityやprivacyに関心を持つ大学教員のブログ。20歳の頃から「ペンギンみたい」と言われるのでペンギン日記。

故人のAIについて:学会発表&記事

故人が残したデータをもとに、AIやCG、VRといった技術によって故人が「復活」できるなら、どうするか? この問いに対して、2件の学会発表をし、さらに1本の記事を書いていただいた。

 

自分が死んだ後にどうしたいかについて聞いた調査では、約3~5%程度が自分のデータをベースとしたAIに肯定的であった*1。では、親しい人や著名人が亡くなった後はどうか。

特定の著名人を想定した上での調査では、約4〜6%がAIやVRによる復活に肯定的であったが*2、2020年〜2022年の間に近親者を亡くされた方への調査では、故人のデータをベースとしたAIに肯定的だったのは、わずか1.3%であった*3

 

故人のAIについて、ジャーナリストの古田雄介さんから取材の機会をいただいた際、上記のデータをお示ししてお話ししたのだが、それが本日(9/7)、日経ビジネスで記事になった。私のデータの話だけでなく、WhateverのD.E.A.D(死後労働)の話もあり、タイトルの通り需要と課題を考えさせられるものになっている。

business.nikkei.com

付記:

なお、記事中のWhateverのお二人とは、以前鼎談した記事もあります!

whatever.co

 

 

 

 

*1:対価の有無によって異なる。詳しくは 中川裕志・折田明子「死後の個人データの公開された利用法に関する社会調査 利用統計」情報処理学会研究報告電子化知的財産・社会基盤(EIP) 2022-EIP-95(15) 2022

*2:2022年社会情報学会学会大会で発表「著名人の死後残されたSNSにどう向き合うか」

*3:「故人のデジタル遺品にどう対処したか〜近親者を亡くした方への調査から」情報処理学会研究報告電子化知的財産・社会基盤(EIP) 2022-EIP-97(3) 2022

9月の学会発表

死後のSNSデータとの向き合い方やその活用について、9月は2つの学会にてそれぞれ発表する予定です。

これまでの研究では、「自分が死んだらどうしたいか」た主でしたが、今度は実際に近親者や著名人の死に直面したときにどうしたか・どうするかを聞いたのです。

 

1)身近な人の死について

「故人のデジタル遺品にどう対処したか:近親者を亡くした方への調査から」

情報処理学会DPS/EIP合同研究会で発表します。

 

2020年〜2021年の間に近親者を亡くされた方を対象に実施したアンケートの結果です。マクロミルに調査をお願いしました。

今回の発表はほぼ集計に留まっていますが、残されたデータとの向き合いや今後どうしたいか、大変貴重なデータが取れたと感じています。発表は9月1日(木)午後のセッション1。リモート参加予定です。

www.ipsj.or.jp

 

2) 著名人の死について

著名人の死後残されたSNSにどう向き合うか」

2022年社会情報学会(SSI)学会大会で発表します。

 

こちらは、一般の人を対象に、楽天インサイトで実施したアンケートの結果です。著名人全般と回答者自身が想定した著名人に対して、その人の死後SNSにどう向き合ったか、そのデータをどうしたいのかを聞いたものです。こちらも、集計段階ですが、なかなか興味深い結果になりました。発表は9月3日(土)、最後のセッション「情報と社会(2)」です。現地参加予定です。

 

award-con.com

 

 

2021年振り返り

2021年の振り返り。

  • シンポジウム登壇、イベント参加など研究成果の発信の機会を持てたのが嬉しかった。終わった後にやりとりができないのが、オンラインの辛いところ。一方で、今までなら出席も難しかった会でも参加できるのが便利なところ。
  • DeepL*1のおかげで、英文の読み書きは格段に楽になった。だんだん、DeepLで訳されることを前提にもとの日本語文を書いたり。英文でメール書くときなどは、本当に助かった。
  • オンライン授業も2年目になると、一部は省力化し、その分を中身やフォローに回せる。対面との切り替えもスムースに。
  • SNSを見るのが大きなストレスに感じられるようになった。特にTwitterは常に殺伐としていて、何が炎上するかとハラハラするし、価値観や状況の違いによる分断が明確になってしまう。離れる時間を持つようになった。多分、2022年以降もSNSとは距離を持ちつつ利用していくのだろう。
  • ワクチン2回接種ができて、大変ありがたかった。ワクチンに関わる全ての方々に感謝しかない。
  • 初めての入院・手術。無事に終わって一安心。デルタの第5波の直前だった。
  • 五苓散(漢方薬)のおかげで、低気圧による頭痛も緩和された。こんなに効くとは思わなかった。
  • ワクチン2回接種してから、いろいろ出かけた。なかなか終わらないパンデミックの中でも、少しでも可能なときはいろいろな経験をしたい。美しいものを見たい。自分以上に子ども達にそんな機会を持ちたいと思っていた。

1月

1月はメンタルの調子が悪く、風呂でボロボロ涙が出てくるしメールもうまく書けないという状況。リングフィットアドベンチャーを入手して、身体を動かしていたら徐々に回復してきた。なお、この頃スーパーで黒毛和牛細切れが299円/100g。この頃は牛肉が安かった。

 

2月

 科研の研究会で東京大学渡邉英徳先生にご公演いただく。資料の「フロー」化は、資料同士の繋がりからリアリティがはっきり感じられる。100年前の資料は残っているが、100年後、今のコロナ禍の日常のつぶやきや写真は残っているだろうか??と問題意識を持つ。

新しいMacBookAirが届いた。MortalityのJournalに投稿したものが、Book Chapterに変更になった経緯があり、その原稿執筆に手をつける。データ分析からやり直し。今までの勉強不足を痛感しながら、回帰分析など。

シダキュア始めて数ヶ月しか経っていないが、例年と比べて花粉症の症状がおとなしい。

3月

メールの見落としが増えてしまったので、Sparkも併用してみるが、自動で処理されすぎるのもイマイチで結局Thunderbirdに戻る。原稿の執筆ではDeepLをフル活用。日本語で考えているのをそのまま文章にできるので、思考が途切れない。ある程度書いたところで翻訳文を読み直して修正。

JST-RISTEXの鳥海PJ「未成年者のネットリスクを軽減する社会システムの構築」報告シンポジウムにて、教育Gの教材を紹介。

情報処理学会の全国大会も、Zoomでパネル登壇。

卒業式はパシフィコで挙行。卒業生にも会えて一安心。

 

4月

学校が始まる前に県内に小旅行。ちょうど神奈川県内の感染者数も、陽性率も低い時期だった。次男が小学校に入学。

大学もオリエンテーションは対面。授業も原則対面だが、私の担当科目はオンラインもあり。

2020年にコペンハーゲンで開催されるはずだった国際会議、1年延期されてオンラインに。同じタイムゾーンでセッションがまとめられていて、出席しやすい。私は3カ国調査の結果から、何が死後のデータの扱いについての説明変数になり得るのかを発表した。発表後にZoomのチャットで多くのやりとりもできた(ここでもDeepLを使いましたとも!)。

 

blogit.itu.dk

 

5月

ワクチン接種予約始まる。祖母の接種枠をゲット。いよいよワクチンを打てるようになると思うと、ようやく先が見えてきた感じで嬉しかった。

授業で新型コロナに関するトピックも扱うため、Couseraで無料のコースを探して受講、そしてテスト受けて修了。オンラインコースの組み立てについても、大いに参考になった。

www.coursera.org

ただ、体調不良は続き、オンライン授業の録画で喋りすぎたのか、声がかれ、咳が出るようになってしまった。咳が出る状態では出校控えることになり、急遽対面の科目もオンラインに。

 

6月

5月末に東京新聞にRISTEXの教材マンガの記事を書いていただき、その反響がもの凄い。メディアの力はさすがだな・・

www.tokyo-np.co.jp

EIP/SITE合同研究会。担当幹事。ホルモン療法の副作用で身体がきつかった。

 

7月

情報通信学会次世代ネット政策研究会(NIPC)でゼミ生3年・4年が発表(Zoom)。

www.jsicr.jp

高大連携でマンガ教材を使ったり。

ホテルザッハ−のザッハトルテ到着。送料無料キャンペーンに乗っかった。海外にもなかなか行けないところ、DHLのメッセージでザッハトルテがどこにいるかを見るだけでも楽しかった。もちろん、生クリーム添えて食べた!

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そして入院と手術。その入院中に急激に第5波がやってきた。

8月

術後ヘロヘロのところ、デルタ株に怯えつつ自宅で休み休み、成績付けや原稿書きなど。術後1週間経ってからファイザー接種。1回目も2回目も発熱。横浜市長選挙の投票は行った。第5波中は、子どもの習い事もオンラインに切り替え。

ワクチン接種後の安心感といったら…。これで少なくとも、重症化して死亡するリスクはかなり下がるというのは大きい。マスクと距離と手洗いの習慣は変えないが、その代わり行動範囲は広げられると感じた。

9月

ワクチンを2回接種して2週間経過してからは、活動を少し再開。とても久々にコンサートを聴きに行った。

https://www.kanagawa-kenminhall.com/event/detail?id=37319

小学校は分散登校。家から自分でGoogleClassroomを立ち上げて、朝の会に参加している。小1も小3もそれぞれ、いろんなことをやって友達とコミュニケーションを取っているのが見ていておもしろい。ただ、家庭学習の日は大人も時間を取られるので仕事しながらはなかなか難しい。

感染状況が落ち着いてからは、八景島シーパラダイス金沢動物園野毛山動物園、小田原わんぱくランドなどなどいろいろ連れ出した。身体を動かすのは、リモートワークでPCに釘付けの大人にとっても大事な機会。

〆切が早まった科研も、最初は諦めていたものの背中を押していただき、なんとか提出!

10月

対面授業も10月いっぱいはオンライン。それでも感染状況は落ち着いているし、外食も再開。嬉しかった。なお、オンラインゆえに出来たこともあり。横浜市会を初めて長時間オンライン傍聴した。

衆院選の投票は期日前に行った。

寄稿した本が発売。盛りだくさんで、読み応えがある本です。

 

高大連携で再びマンガ教材を活用。対面では隣のグループの討議も聞こえるのが面白い。

学園祭休みの週末は伊豆まで出かけてみた。

 

11月

オンラインイベント、サイエンスアゴラにてマンガ教材のセッションを持った。コメンテーターは、大学時代の同期でもある為田裕行さん。全国の中高生の皆さんも参加いただき、その模様はいくつかの媒体で記事にまとめていただいた。

本学の広報ページにまとまっているのでこちらを↓

univ.kanto-gakuin.ac.jp

 

対面でのイベント、END-BARにも参加。

hite-media.jp

11月から対面授業再開し、週4日出勤(1日は研究日)するようになったら、電車の中で本を読む時間が増えた。リモートよりも明らかに身体を動かしていて、毎日ごはんが美味しい(なので痩せない)。そんな中、ほぼ2年ぶりに友人と2人で食事。まさにマスク会食で、喋ってるときはお互いにマスクしていたけれど、とても楽しかった。週末に家族で三浦まで出かけてみたり。コロナが落ち着いている間に…。と思ったら、オミクロン変異体の話。あああ…と脱力する。

 

12月

科研費・基盤B「情報ネットワーク社会における『死』の再定義」のオンラインシンポジウムを開催。今年が最終年度。

情報通信学会次世代ネット政策研究会(NIPC)のリアル会合に、3年生のゼミ生達と参加。対面ならではの楽しさもあるなーと実感。

冬休みに入ってからは、また伊豆に出かけてきた。韮山反射炉と江川邸を見学して、史料を保全して残すことについて考えたりなど。

 

 

本年も大変お世話になりました!

 

 

 

 

 

 

 

 

*1:有料版を利用中

新聞掲載(9/29日本経済新聞・夕刊)

9月29日の日本経済新聞・夕刊 5面「やりくり一家のマネーダイニング」にて「終活の基礎(下)デジタル遺品」の記事内で、コメントが紹介されました。顔写真つきでした…。

 

デジタル遺品の中でも、特にSNSは注意が必要だということをお話しました。遺族がログインしたら、ダイレクトメッセージのやりとりや、自分が閲覧できる「生きている人の」鍵アカウントの中身も見えてしまう可能性があります。

 

なお、この記事掲載、SNSのダイレクトメッセージで大学時代の友人が教えてくれました!

ワクチン2回接種を終えて

 

横浜市の個別接種でファイザーのコミナティ筋注、2回目をすませて1週間以上が経った。
 

接種まで

 
5月。祖母のワクチン予約を手伝ったときの印象から、横浜市でワクチン予約は難しいのではないか、秋に打てればよい方か…などと考えていた。
 
6月。定期的に受診している主治医(総合病院なのでワクチン接種なし)に接種について確認すると、予診の医師がOKなら「グループ3」で打ってよいとのこと。職域接種が周囲で動き出し、1件可能性もあったのだけれど、手術前には打てないため*1見送る。気持ちばかりが焦っていた。
 
7月。術前検査時に「術後1週間で接種OK」と確認できた。横浜市から40代接種券受け取ったその日に、そのまま封筒持ってかかりつけ医で予約。グループ3該当だしすぐ打っとうかいつ予約する?という話になりかけたものの、手術のため先送り。この時点では、8月のワクチン入荷は未定と言われたので、キャンセルになるかと不安だった。
そのため、横浜市の予約サイトから、念のためにもう1件予約を確保*2。接種施設を日付で検索すると、いくつも候補が表示された。少なくとも、優先接種の間は横浜市は予約は取れる状況だったと思う。
 

 

ただ、この間、SNSで目にする「打ちました」がとても辛く感じられた。デルタ株への恐怖から、気持ちばかりが焦る状況。取り残された感がハンパなかった。FBとTwitterの利用時間を制限した。
 

1回目

接種後2時間で37度程度の微熱、と思いきや夜は38度まで発熱。チリチリするような熱。1回目は熱が出ないと思い込んで油断していた。まだ手術後10日程度、やたらとおなかがすいた。腕の痛みも早く消えたし、倦怠感といってもたいしたことなかった。

 

2回目

接種後4時間くらいで頭痛と微熱。実はFITの座長(オンライン)をしていて、その最中に頭痛が出始めたので焦っていた。
 
スマホに残したメモを元にグラフを作ってみた。
折れ線グラフは体温。オレンジが2回目で青が1回目。
その他の症状は、1〜5段階で評価し、積み上げの面グラフにした。つまり、全てMAXなら15になる。
 
熱のピークは接種日(おおよそ12時間後)なのは1回目と同じだが、むしろ1回目より低かった。ただ、解熱したのは2日目の朝だった。
 
症状が強く出たのは2日め。グラフにすると面白いほど傾向が見える。
腕の痛みはかなり強いのが続いていた。頭痛は、右耳の痛みも伴うもので、薬なしでは耐えられずロキソニンを3度服用。2日目の倦怠感もなかなかのもので、身体が重く、ステロイド減薬中の怠さを思い出す程だった。
 
グラフには書いてないが、食欲も落ちた。1回目接種のときはおなかすいたし美味しくいただけたが、接種日の夕食、翌日の朝食〜昼食は食べるのがやっとだった。
 
 

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主に2回目の副反応(40代・女性)

ありがたい

mRNAワクチンを2度接種することができて、もう感謝しかない。横浜市は個別接種が半分を占めているので、かかりつけ医があると取りやすいのかもしれない。

どこに住んでいるか、どこに勤めているかでまったく状況が違うものなのだな、とワクチン接種に関しては強く感じた。グループ3(基礎疾患)の優先順位はなんだったのか、と思ったこともあった。早く接種したい、と思いつつ、自分が打ってよいのだろうかとも葛藤した。自治体の順番通りに打ったので、これでよかったと思いたいが・・。

 

Twitterでは批判もあったけれど、小野先生の記事は、考えながら何度も読み直してしまった。

news.yahoo.co.jp 

早く、希望する人が皆打てますように。

 

 

 

*1:2回接種+2週間経っている必要があった

*2:かかりつけでワクチンが確保されたと分かったらすぐリリースした

入院・手術と裏アカウント

先月下旬、とある良性疾患のために手術を受けた。このブログを書いている時点で、神奈川県では延期すべき手術に入っており、ギリギリの時期だったと思う。術後、半月以上経ったので少し記録を残しておく。

 

入院まで〜裏アカウント作成

手術が決まったのは5月の時点。それまで「ワクチン接種できてからがいいです」と申し上げてたのだが、「秋になるかもしれないし、その頃コロナがどうなってるか分からない。受けられるときに早く手術した方がよい」と言われ、授業への影響を考えて7月に設定した。その頃は、横浜市で高齢者のワクチン接種予約に四苦八苦してた頃でもあったし自分の接種はずっと先だろうとは思っていた。

6月中に、術前術後のワクチン接種について聞いたところ、「術前ならば2回接種後2週間空ける。術後なら2週間〜1ヶ月空ける」という説明だった。なお、接種については、7月には「術後1週間でOK」に変更になった。

 

入院の準備は、出張準備に似ていた。

2020年以降、出張ゼロだったので自分だけが外泊するのが久しぶりすぎた。術後の経過によって何があれば便利かを検索しまくったが、やや古い経験談のブログは見つかるものの、直近のものは意外に見つからない。みんなブログ書かなくなっちゃったし!(自分もだが…)

数少ないブログから、同じ手術を受ける人を探し出して呼んだり、Facebookの公開投稿で検索したり、Twitterで検索したり。

ついには、Twitterで裏アカウントを作成して*1、キーワードにひっかかった人を片っ端からフォローした。面白いことに、入院・手術のためのアカウントを作っている人は少なくなく、普段のアカウントとは切り離し、そのトピックだけをツイートされていた。(自分もだが…)やがて、同じ時期や、なんと同じ日に手術を受ける人とつながり、入院準備に向けて毎日お互いにリプライを飛ばし合う日々が続いた。持ち物についても、ちょっとした相談やモノの紹介ができて助かった。

 

入院〜手術

ここからは、同じような状況で検索した誰かに届くように。

<入院時>
  • 病室に入室後、抗原検査とPCR検査があった(いずれも鼻)*2。陰性結果が出るまで、入院のリングは巻かれないが、採血や書類のサインは病室内で先にやっていた。結構時間が経ってから「あ、陰性でしたのでリング巻きますねー」と。待っている間は、無いとは思っていてもやはり気になって昼食も入らず。
  • 前日は特にやることなく、手持ち無沙汰。かといって採点仕事も持ち込めず、久々に本を読んだりオリンピック中継を見たりしていた。
<手術〜直後>
  • 前夜から禁食、朝からは水も不可。
  • 手術の間、家族は病室で待機。
  • 術着に着替えて、歩いて手術室に行く。新しい手術室は壁に大きなモニターがあり、自分のバイタル情報が表示される。すごいなあ。どの麻酔で落ちたのかすら記憶無し。
  • 呼ばれて目覚めると、吐き気と不快感。ベッドのまま病室に戻るが、ベッドサイドにかけてもらったバッグのスマホを手に取ることもできない。身動きが取れない。
  • 「痛み止めを追加できるが、吐き気も起こる」と言われて、試しに追加したら吐き気の方が強くて痛みをガマンすることにした。
  • 点滴、カテーテル、酸素カニューレ、心電図と管だらけ。酸素はすぐ外された。
  • 腹腔鏡手術で二酸化炭素ガスを体内に入れるため、全身がげっぷ前の胃のように膨満感あり。
  • 術後の夜は、痛みと吐き気と不快さ+寝返り打てないので、うとうとするのみ。寝かけた頃に看護師さんがやってきて血圧と検温とお腹の様子見で起きる繰り返し。暑くて暑くて、エアコンの設定を下限まで下げてもらった。
  • 思ったより喉が渇かず、水が欲しいとは思わなかった。水分・電解質・糖分補給の点滴のおかげか。
  • 事前にSNSやブログで「術後がいちばん辛いが、その後どんどん楽になる」と読んでいたのでそれを思い出しつつ、もうこんな思いをしたくないので健康に気をつけようとひたすら思う。
<翌日〜退院>
  • 翌朝、腸が動いているのを確認してから、点滴だけになって身動き取れるようになった。腕の力でなんとか起き上がり、点滴の棒に捕まって数歩歩く。ここから一気に回復を実感。痛みは飲み薬で抑えられた。
  • 歩く度に身体からガスが抜けて不快感が減る。かといって、ぐるぐる歩いていると、ぶつっと電池切れのように疲れる。
  • 手術翌日の食事は昼食からだが、殆どとれず。吐き気が続く。翌々日になってようやく食べられるようになった。
  • 手術翌日は、スマートフォンを手にとり、子どもからのメッセージを読むだけでとても疲れて返事も書けない。普段、SNSを見ているだけでも相当にエネルギー使ってたんだなあと思い知る。翌々日から少しずつ返事を書いたりするも、画面を見るだけで疲れる。
  • 本を読むのは疲れずにできたので、持ち込んだ本を読みながら過ごした。紙に印刷された文字の方が楽に頭に入ってきたし、疲れなかった。
  • シャワーを浴びるだけでどっと疲れた。
  • 術後3日目で退院。短いと思ったけど、この頃には歩けるし、問題なし。
<その他>
  • 緊急連絡先に家族らの名前を書いておくのだが、戸籍上の配偶者なのかとか、その名前が戸籍姓か旧姓かということのツッコミはなく、書いた相手に書いたとおりの名前で連絡をしてくれた。
  • この状況での入院ということで、個室にした。人が来ないときはノーマスク、誰か来たらマスクをつけていたが、術後あわててマスクしようとしていたら「そのままで大丈夫」とのこと。医療従事者の皆さんが、ワクチン接種済みだからか?
  • 画面を見て読むだけでも体力使う。書くと疲れ果てる。これが退院後も暫く続いた。
  • 同じ日に手術だった人たちと、Twitterでリアルタイムにやりとりできたのは、とても支えられた。朝イチの人に「いってらっしゃい」とか、先に回復した人がいたわりの言葉を書けるとか。まるで大部屋にいるような感覚だった。
  • 病院の食事はとても美味しかった!牛乳はタカナシ!

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    病院食のタカナシ牛乳

 

*1:既に削除済み。

*2:あまりにも鼻PCRが恐怖すぎて怯えまくっていたら、そーーーっとやってくれました

2020をふりかえって

どうにか暮らすので精一杯で終わってしまった2020年。

・研究はやっと、どうにか、細々と。それでも続けることを優先しつつ。

・オンライン授業。授業形態は誰もがどのような環境でも受けられるようにし、内容はコロナや時事問題を取り入れた。インフォデミックのワクチンになりますように。

 ・こんな年に教務委員。いろいろなフローを見直せた契機にもなった。

・髪がだいぶ伸びた。体重は夏まではキープしてたけれど、秋から晩酌するようになってやや増加。

・筋肉体操DVDやSwitchのFitBoxingで運動継続。肩こりは相当軽減した。

・子どもがいるから大変なことも多かったが、子どもに気づかされたことも多かった。

・2月以降、同居家族以外と一切食事を一緒にしていない。

・リフレッシュすることがいかに大事か、不要不急と言われていた楽しみは生きる上では必要なものだと痛感した。1回のみだったが旅行は行けてよかった。

・ちょこちょこゲームやるようになった。スマホゲームや、今更ながらAoE、Switchで塊魂等・・

 

1月

研究ミーティング数回、センター試験監督など。朝日新聞にデジタル遺品の取材を受けた記事が載った。長男がインフルエンザで発熱(予防接種済み)日の夜、デジタル・フォレンジック研究会。「子どもがインフルエンザになったので・・」とマスクをしたまま講演をした。情報処理学会論文誌(ジャーナル)の採録決定で一安心。ラトビア開催の国際会議もaccepted。

 

2月

上の子のインフルエンザ罹患と、学級閉鎖がほぼ重なった。発熱と同時に部屋を分けていたので、他の家族は罹患せず。

2月上旬は、ラトビア行きはフィンエアーか、LOTポーランド航空か、なんて迷っていた。乗り継ぎ行けそうだしとLOTを予約。大学ではポスター形式の卒論発表会を初開催。AI美空ひばりに関するワークショップで東京大学へ行ったのが、対面で参加する「密」な研究ミーティングとして最初で最後になった。

 

2月下旬時点では、国際会議のキャンセル連絡はなく、学内でも「不要不急の海外渡航はできるだけ避けるように」だったでの悩んでた。一方、情報処理学会の全国大会は、現地開催中止の決定。卒業式も中止。次々と予定がキャンセルになり、さらには青野慶久さんの夫婦別姓裁判は高裁で敗訴となった。ショック。

 
紙製品が入手しづらくなっていった。Amazon定期便で買っていたマスクは、とうに届かなくなっていた。毎月買っていたために、少しの予備はあったものの・・。

 

 

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3月

一斉休校、父母が働いている低学年の子は、小学校で「緊急預かり」として受け入れてくれることになった。これが思いのほかよい時間だったそうで、好きな本を読めたり、持ち込んだ教材をやっていると先生が教えてくれたり。学校のPCも使わせてくれたのでViscuitでプログラミングしてクラウドにセーブし、自宅で続きをやることも。学童は子どもがどうしても多くなるので、小学校の預かり時間内でどうにか仕事を夫婦で調整。この頃はまだ、会議は対面だった。

ラトビア出張は早々にキャンセル。5月予定だったカンファレンスも延期に。自分も科研の研究会は、ゲスト講師に古田雄介さんをお迎えし、関内メディアセンターを使いつつ初のZoom開催。

ソレイユの丘に子ども達を連れていった。この頃はまだ、マスク必須ではなかった。

卒業式が中止になったため、教室で卒業証書授与。

3月の三連休で少し「もう大丈夫?」という雰囲気はあったものの、すぐに緊急事態か??という呼びかけで、スーパーの食品も品切れが目立った。

エビカニクスと筋肉体操をして運動不足対策。筋肉体操は全身バキバキに筋肉痛になった。通っていたジムは退会した。

 

 4月

緊急事態宣言。小学校は休校。保育園も強い登園自粛。在宅での仕事は時間が足りないが、睡眠削ると体調崩すので本当にキツイ。Zoomの鼎談に1件応じた。

そんな中、情報処理学会の論文誌(ジャーナル)と学会誌に同時掲載。嬉しかった。

http://id.nii.ac.jp/1001/00204253/
死後のデータを残すか消すか?:追悼とプライバシに関する一考察
折田 明子, 湯淺 墾道
情報処理学会論文, Vol.61, No.4, pp.1023-1029 (2020-04-15)

 

http://id.nii.ac.jp/1001/00204296/
亡くなった人とのVR「再会」をめぐって
折田 明子
情報処理, Vol.61, No.5, pp.434-436 (2020-04-15)

 この頃、新聞の折り込み広告が殆どなくなった。外に出ても人は少なく、店も開いていない。日々公園だけはでかけたが、休日!という感じもせず、気持ちは落ち込む。小2の息子が

「おれはサンタにコロナのワクチンをお願いしたんだ。絶対来るよ」

と言っていたのがこの頃。そんな、1年も経たずに出来るわけないよと思いつつ

「そうだね、そうなるといいね」

と答えていた。

5月

四苦八苦しながらSITE登壇の予稿を書く。時間が捻出できない上に、疲れ果てて考えるということが絶望的にできなくて苦しい。模擬授業撮影で出講。それ以外はほぼ自宅で仕事。オリエンテーション期間中の対応しつつ子ども達の対応をしつつ。プロジェクタにPCをつなぎ、Amazonプライムの映画を再生して「おうち映画館」をたまにやって、親の仕事時間を確保。

緊急事態宣言解除のタイミングで、社会活動再開直前ならばリスク低いだろうと、95歳の祖母と両親が暮らす実家へ。庭先で少しだけ会ってきた。

6月

小学校再開、保育園の自粛も緩和されて一安心。習い事も再開され、マスク着用や検温、消毒といったルールが掲示された。八景島シーパラダイスが空いているタイミングで子ども達を連れていった。本当に人がいない。

この頃はSITE-EIP研究会でパネル登壇(Zoom)。オンライン授業は、オンデマンド型から一部Zoomを取り入れ始めた。受講側の環境は様々。オンラインでずっと準備していた、合同ゼミでもあるNIPCをZoomで開催。折田ゼミは4年生が参加。

www.jsicr.jp

Zoomをヘッドフォンで使っていたら閉塞感が苦しくなり、スピーカーとマイク外付けにし環境を整えた。

COCOAをインストール。

 

7月

中央大学ビジネススクールの非常勤授業開始。Zoomで顔出し必須。本務先の授業もZoomを基本としてそれを録画したものをオンデマンド受講できるようにした。延期していた運転免許の更新を済ませた。仕事量はそこそこあるけれど、小学校&保育園があるとその時間は仕事だけに集中できて本当に助かった。それでも、預かり時間はコロナ以前よりもずっと短くしていたが。

 

4月に鼎談した記事掲載。

boundbaw.com

boundbaw.com

8月

オープンキャンパスはオンラインに。授業は続いているし、子ども達を遠出させるのも難しい。「おうち縁日」をしたり、ベランダでプールをしたり。猛暑と強い日差しの中、紫外線対策を普段以上に徹底。うっかり熱出したら出かけることもできない・・。

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そして、Switchの当選を譲っていただいてゲット!さっそくFit Boxingをはじめて汗だくに。ダイエット効果は不明だが、肩こりは劇的に解消。頭痛も減った。

情報化社会のニューノーマル:2.教育のオンライン化 ~実施してみて分かったこと~
情報処理, Vol.61, No.8, pp.933-939 (2020-08-15)
にて「学びの場の拡大で起きたこと」を書いたのが掲載。朝日新聞の記事にもコメント掲載、さらに弁護士ドットコムにも記事を掲載していただいた。
9月

ようやく科研の研究会開催。ゲスト講師は岡本正先生。  ここから、故人の情報を「残す」ことについて考え始める。そしてあっというまに秋学期。混雑と三密と紫外線と熱中症を避けるのが難しくて、UVセンサを購入。

自家用車で県内に一泊旅行。これが2020年唯一の宿泊旅行。

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10月

7月に予定されていた筑波大学の授業をZoomで。マンガ討議もZoomでなんとか。科研研究会では岡本真さんがゲスト。アーカイブの観点から故人の情報について考えた。小学校の運動会は、学年別に1時間のみの参観。それでも、できてよかった。

かかりつけ医で家族全員インフルエンザ接種。早めの予約でどうにかできた。スポンジボブゲームにハマり始める。

 

11月

二酸化炭素モニターを購入。いろいろ測ってると、換気されている・されていない場所がみえてくる。UVセンサー、二酸化炭素モニター、そしてスマホCOCOAと重装備で出かけるようになった・・。スギ花粉のアレルギーで2月〜3月はひどかったので、舌下免疫療法を開始。

 

学期中の対面授業を1回やったのも11月。二酸化炭素モニター持ち込み、換気しっかりやって(寒い)、さらにZoomと同時配信しつつ録画をオンデマンド提供。黒い画面に話し続けるより、対面で人に向かって話す方がずっと話しやすいのは確かなんだ・・。

 

Zoomでいろいろなシンポジウムを聴講。出かけずに聞けるのは、時間的には大変有り難い。

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12月

セミナーを聴講したり、情報通信学会で討論者をしたり。少しずつ研究活動を継続。冬のNIPCに2年・3年ゼミのチームが参加。アンケート調査や分析など、オンラインでよくがんばった。

www.jsicr.jp

横須賀市教育委員会主催の講演会(対面!)で講演したり、Zoomでの講演の機会をいただいたり。最後は研究会発表の申込みをして、どうにかアウトプットへの道筋をつけた。

ワクチンのニュースに、息子が「ほら、おれが頼んだ通りでしょ」と。

 

来年が、今年よりも希望の見える一年になりますように。