ペンギン日記(旧akoblog)

identityやprivacyに関心を持つ大学教員のブログ。20歳の頃から「ペンギンみたい」と言われるのでペンギン日記。

すばらしい技術や制度ゆえに(【本】ナチスの発明)

公衆用のテレビホールで、料理番組やお見合い番組を無料で視聴。3分間5000円の公衆テレビ電話。女性パイロット(空軍大尉)のヘリコプターの試験飛行。ガン対策、自然農法、母親のための休暇。格安の海外旅行に手厚い扶養控除。これらが第2次大戦前および戦中に実現されていたことに驚く。なんと楽しそうな生活だろうか?

図書館の新着本棚に並んでいたタイトルに、少し驚きながらも、予想を裏切られた。ナチスの発明といえば、殺戮につながる非人間的なものしか思い浮かばなかったからだ。

著者は前書きの中で、こう述べている。

ナチス時代のドイツは、世界を変えるような発明、発見をいくつも行っている。しかし、その功績は非常に軽く扱われたり、黙殺されていることが多い。(中略)本書は、ナチスの残虐行為を擁護するものでも、ナチスヒトラーを崇拝するものでもない。ただ、ナチスが何を作り、その背後にはどのような思いがあったのかを明らかにするものである。(はじめにより引用)

なるほど、この本に取り上げられている技術や制度は、今のわれわれの暮らしにも取り入れられているし、すばらしいものばかりだ。いわゆる理工学系の発明だけでなく、社会制度の設計も思い切ったものだ。が、よくよく読んでみると、こんな記述がある。

ただし、この制度をすべての母親が利用できたわけではない。(中略)反ナチスの家庭や、精神障害者を持つ家庭の母親は利用できなかった。(p122より引用)

技術や制度が、どのような意識や大局のもとに配置され、運用されていたのか。一見、国民全体にもたらされる利益に見えながらも、当時差別されていた対象は、さっくりと除外されている。しかし、そんなことなど、該当者以外には見えなかっただろう。該当者になってはじめて、この制度の欠陥に気づくも、それを変えるために訴える権利さえなかったというわけだ。

技術や制度、そしてその運用が優れているほど、最初の方向を間違ったときの影響は大きい。
たとえば、優生学はこの時代、人種差別思想に基づいて、断種や差別の根拠として用いられてきたという。その運用を徹底したのがナチスだったわけだ。あまりに優れた技術や制度を持つがゆえに、方向性を誤ったことに対する犠牲は計り知れなかったことが、歴史に残っている。

すばらしい発明が並ぶゆえに、むしろ、おそろしい。

ナチスの発明
ナチスの発明
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